ログインチクタクと時計の音が部屋に響く。
両親の帰りを待ち続けること六時間。正月特番にも飽き、森から戻ったシラーとベリーとの会話も尽き、こたつで一眠りも二眠りもしたが、両親はまだ帰らない。
「これは仕事っぽいな……」
『お腹空きましたね』 『空腹~空腹だ~』自分も正月早々、仕事だったけど両親もそうだったとは。こたつから出たくなかったので、ベリーに伸びてもらい冷蔵庫から食べ物を取ってもらう。
「とりあえずこれ食べよう」
俺、シラー、ベリーで仲良く父のおつまみを盗み食いし、うるさい腹を少し黙らせる。新年水溜まり弁当じゃないのは、あれは両親と一緒に食べたいからだ。
「それにしても、結局お金は用意できなかったな。半分はお年玉で賄えるけど、あと半分か……」
再びごろりと横になって考える。
「どうするんですか? サバトは明日でしたよね」
シラーは魔女大の同期会をサバトと呼ぶ。意味的には間違ってないけど、ちょっと仰々しい。
それと、大人が新年の集まりに参加するお金も用意できなんてといった視線が喧しい。
『ええ~? 僕、美味しいもの食べるの楽しみにしてるんだよ』
ベリーは欠席なんて許さないといった雰囲気で肩を揺さぶってくる。
「あ~、もう久し振りにあれをやるしかないかなぁ……」
「それも一つの手段ですね」 『今から? 大丈夫なの? まあ僕は明日の会に参加できるならなんでもいいけど』ベリーの言う危険もはらんでいるが、お金がないのだから仕方がない。俺はスマホに手をかけ、白と緑のアイコンをタッチしてララインを開いた。
「あ、あの、もしもし? お久し振りです――」
◇
時計の針が真夜中を回った頃、俺は”俺”のままで最寄りのコンビニの駐車場に突っ立っていた。一応、髪の毛と目の色だけは日本人にあわせてある。ベリーには顔がすっぽり隠れるくらいのコートになってもらい、防寒と余計な虫除けも頼んでいる。
このどんな服にでもなれるベリーの能力には感謝しかない。インナー類以外の服を買わなくていいからだ。汚くはない。ベリーも毎日洗濯機という名の風呂に入ってるからな。
「遅くなってごめん。寒かったでしょ」
斜め横に止まった車から、スラッとしているのにどこかくたびれた感じのするモブ顔のおじさんが降りてきた。俺を見て申し訳なさそうな、それでいて心底嬉しそうに笑う。
「いえ、そんなには」
「さ、乗って乗って。早く温かい所へ行こう」車には詳しくないが、きっとかなり良い車だろう。エスコートされるがまま黒い革張りの助手席に座ると、おじさんはサッと運転席に戻り、あっという間に発進した。
上機嫌な様子で運転するこの人は良司さんといって、去年の春あたりに知り合った人だ。確か四十一歳だと言っていた。
良司さんはどんどん山の方へ車を走らせていく。ポツリポツリとあった明かりがポツンに変わり、やがて闇の中を突き進むようになった。
「あれっきり連絡くれないから、もう飽きられのか思ったよ」
山の上に光る如何わしい建物が見え始めたところで、良司さんがチラッと見てきた。車内に流れる流行りの過ぎたアップテンポの曲がしっとりした曲に変わり、何とも言えない雰囲気を作りだす。
「すみません、ちょっと忙しくて……」
「まあわざわざ僕みたいなおじさんと遊ばなくったって、大学生は楽しいことがいっぱいだもんね」良司さんは大学生って羨ましいなと続けた。
まったくもって同意だ。俺も大学生が羨ましい。
『ぷぷっ、大学なんて何十年も前に卒業してるってのにね』
『まったくだ。情けないったらない』ベリーとシラーが茶化してくる。
「そんなことは……良司さんとじゃなきゃできないこともありますから」
とりあえず良司さんが喜びそうなことを言っておこう。それから徐々に当たり障りのない話へと誘導していたら、これまでの暗闇が嘘のように明るい場所へ出た。
その原因である一昔前はお洒落だっただろう煤けた門をくぐり裏手に回ると、いくつもあるガレージタイプの駐車場の一つに入って車は止まった。
エンジンを切りシートベルトを外した良司さんは、こちらを見てニコリと微笑んだ。
「今日は何時まで大丈夫なのかな?」
返事はしない。
いたたまれない気持ちを誤魔化すように良司さんから視線を外して車を降りる。それからドアを閉める音をどこかぼんやり聞き流し、良司さんに手を引かれ建物の中へ入っていった……。
◇ 「どう?」 「あ、はひ……ぃいです」いきなり声をかけられたから上手く答えられなかった。
「そうだと思った。みどり君、ここ、大好きだもんね」
「んっ、ああ、まあ、嫌いじゃないれす」嘘だ。最高すぎる。
「それじゃあ、僕のも……ね?」
「ふ、ふぐっ」言われるがまま口を開き頬張った。喉の奥に当たったせいで少し苦しい。
『一気に頬張るからだよ』
『う、うるさいな。こういうの慣れてないんだからしょうがないだろ』
『まったく四十六歳にもなって慣れてないだなんて、恥ずかしいを通り越して気持ち悪い』
シラーは辛辣だ。
というか気持ち悪いは違うだろ。人それぞれ事情ってもんがある。俺はこんな隠れた場所にある大人のお店で、恋人みたいなことするとか滅多にない。慣れてなくて当然じゃないか。
「美味しいかいみどり君」
やや息の荒くなった良司さんが見つめてくる。
「おいひいれふ」
周りの視線や後で襲われる自己嫌悪のことも少し気になるが、お金の為と思えばおっさんにア~ンされるくらいどうでもいい。
そう、これはパパ活――
お金に困った俺の切り札である。いや、もはやパパ活などと言ってもいいのか分からない謎めいた行為だ。何故なら、俺は四十六歳で良司さんは四十一歳なんだから。
中年二人で豪華な食事……そうさ、疚しいところもなければ、如何わしいこともしてない。ただ同年代の良司さんと会ってご飯をご馳走になるだけ。そのお礼で二、三万円もらう。何の問題もない。
良司さんはその字の如く良心を司る大人。俺のハイスペックな顔と身体を見てもまったく欲情しない。ただただ、俺が美味しそうにご飯を食べるのを見ていたいらしい。
『しっかし、四十六歳のおっさんが四十一歳のおっさんに貢がせるってどうなのこれ……』
言うなベリー。俺だって理解してる。
『これを詐欺と言わずしてなんと言おう』
人聞きの悪いことを言うじゃないかシラー。言っておくが俺は騙してない。良司さんが勝手に俺のことを大学生だと勘違いしてるだけだ。初めて声をかけられた時、俺はちゃんと自分の年齢を伝えた。でも何故か良司さんが信じなかった。それだけのことだ。
『そういうとこは、いっぱしの魔女だよね~。あ~、怖い怖い』
『はぁ。実力が伴えば私も苦労しなくて済むのに……』お洒落なセーターとそのロゴになっている二人が喧しい。無視してやる。
「ワインも飲む?」 「あ、はい。でも詳しくないんで良司さんの――」 『何を言うつもりですか!! 高いヤツです、普段飲めない高いワインにするんですよ!!』 『そうだよ! こんな高級料理奢ってもらうんだから今さら遠慮したって意味ないよ!』自分たちも飲むからって必死だな。でも――
「良司さんのお勧めはありますか?」
『なに考えてんだ馬鹿!』 『ふざけんな~!』卑しい二人は無視無視。
「喜んで。すみません、――をグラスで一つお願いします」
良司さんの注文はとてもスマートだ。歳下なのに所作やタイミングだったりが本当に。
このお店は開店時間が二十一時からという一風変わった超高級レストランで、何度か連れて来てもらったことがある。駐車場がガレージタイプなのは昔ラブホテルだった名残らしく、予約制のスイートな個室は今でも駐車場から直通なんだとか。
当然だが料理はどれもこれもすこぶる美味しい。そしてお値段もすこぶる……はたして、どんぐり何十個分だろう。
「ちょっと失礼するね」
良司さんは食事中によく席を外す。聞けば加齢による頻尿だと言っていた。人間は大変だな。明日、同期の魔女に良い薬がないか聞いてみよう。
ちなみに、こうなると選手交代だ。ベリーとシラーが勢いよく料理を吸い込んでいく……て、おい、シラー! 恥ずかしいだの情けないだの言う割には、ベリーより食べてるじゃないか。おまけに追加注文しろだと?
そんな勝手なこと――あ、なにあれ美味しそう。向こうのテーブルに運ばれた大きな蟹とロブスターの料理から目が離せない。
「あ、すみません……」
『『ワインも!』』俺は欲望に負けた。
その後、トイレから戻った良司さんに追加注文したことを謝ると、好きなだけ食べればいいよと笑ってくれた。お勧めのワインは芳醇なイチイの樹液のように美味しくて、促されるまま何度もおかわり。八本は空けたと思う。そして最後に切り株型のケーキを食べてお店を後にした。
「美味しかったね」
「はい。御馳走様でした」千鳥足で車に乗り、はち切れそうなお腹を撫でる。いつもならこのタイミングでお礼をくれる良司さんだが、今日は違った。
「少しドライブしてから帰ろうか」
良司さんは返事も聞かずエンジンをかけ、さらなる山の上へと車を走らせ始めた。
このレストランより上にあるのは……
『『『ラブホテルだ!!!』』』
七環鳴神社の上空は思ったより静かだった。 ただ、眼下には年始の神社特有の神秘と活気の混じり合った景色が広がっている。 一の鳥居から続く参道の両脇にズラリと並んだ屋台の明かりは賑やかしいのに、ニ鳥居より先、拝殿へ続く階段に設けられた苔むした灯篭は厳かな雰囲気を醸していて、油断すると異世界へ迷い込みそうに感じる。 そのくせ三の鳥居の先にある拝殿の周りは再び活気を帯びはじめ、御守りや御朱印の授所だけでなく、甘酒やら名物の七つの環っかを模した七つ餅やリングポテトなんかの屋台に人が群がっている。 「おい、着いたぞ」 未だ決着のつかない話し合いを続けるシラーとベリーに声をかけ、金蔓――もとい、意思ある財布の良司さんを探すよう指示する。 良司さんは仕事終わりに部下たちと初詣へ来ているらしく、JRRの制服を着ているとマラインのメッセージには書かれていた。 『それにしても、まさか良司がJRR職員だったなんて驚きだね』 「本当に。こちら関係の人間だとは気付きませんでした」 なんてことない感じでシラーは言うけど、その顔には痛々しいアザがいくつもある。食が絡んだベリーの容赦のないことよ……。 「何駅勤務かにもよるだろ。JRRの表の顔しか知らないなら一般人だ」 JRRは国鉄の時代よりずっと、神々から幽霊、妖怪に至るまで、普通の人間にはなかなか視認できない存在の為の駅や路線も運営してきたのだ。 民営化するときに、そっち関係だけは国営のままにって声も多かったらしいが、普通の路線に混じってそれら用の駅も設置されているから、会社を分けると管理が難しいって理由でまるっと民営化されたという。 つまり皆が知らないだけで、実は神々や幽霊、ヤバい妖怪も日常的に同じ電車に乗ってたりするから、電車内の迷惑行為って文字どおり命がけの行為なのだ。 まあ見えなくとも、幼い頃から日本で育った人であれば、無意識にでも何かしら気配を感じ取ってる人が多いから問題はあまりないらしいし、そうじゃなくても常識ある人は普通は問題を起こさない。 だからたまに動画で流れてきたりする強烈な迷惑行為者はだいたい、後に悲惨な末路を辿ってるって話だ。 しかしあれだな。 JRR職員って儲かるんだな。 毎度毎度、良司さんは高額なご飯を御馳走してくれてお小遣いまでくれるんだから……あ、だからアイツは一時期JRR職員ばか
さて、仕事はどっぺる君に丸投げ……もとい依頼したからいいとして、神社巡りをするにおいて解決しなくちゃいけない重要事項がある。 お金よ。私だけなら御神木をに甘い言葉を囁いて誘惑し、樹液をチューチュー吸わせてもらえば無料で楽しめる。 でも使い魔たち、特にベリーは屋台の祭り飯を心いくまで食べるはず。当然、小学生レベルのお小遣いを渡したとて足りるわけもない。かといって私の財布も温もりを忘れていく久しい……。「良司さんに頼るか」 ぼそっとこぼれ出た言葉にシラーがまたも侮蔑の表情を見せた。「パパ活するんですか? また?」「人聞きの悪いこと言わないで。ただ同年代に奢ってもらうってだけよ」『同年代だけど良司は白緑より何個も下でしょ? 歳下にタカるなんて恥ずかしくないの?』 ほとんどベリーのための行為なのになんたるもの言いかしら。でもこいつの機嫌を損ねては寒空に下着一枚で放り出されるかもしれない。仕方ないからグッと堪えて回答する。「ひとっつも恥ずかしくないわ。今は歳なんて関係なく割勘や奢り奢られが普通の時代よ。もう昭和や平成じゃないんだから」『昭和や平成でも白緑が奢ってるとこ見たことないけどね~』「ああ情けない」 やかましいベリーとシラーは無視して良司さんへ連絡するためポケットからスマホを取り出す。 安全性は疑わしいけれど、すべての昨日が無料のマラインと書かれた緑色のアイコンをタップする。 片手でパパっと入力した『一緒に初詣へ行きませんか?』を見てしばし……削除ね。たぶん良司さんは『一年の始めは良司さんに会いたいです』とか言った方が釣れると思うのよ。「もうちょっと色気を出した方がいいじゃんないですか? 良司は男姿の白緑に興奮するわけですし、ア●ルが疼いて仕方ないとか書くべきですよ」「は? 俺と良司さんはそんな関係じゃないぞ」 偉そうな態度で蔑んてきたくせにスマホを覗き込み下品な提案をするシラーに、つい、男口調で応えてしまった……ていうか仕事に行かないんだ、このタイミングで俺に戻ろう。『でも良司は狙ってる思うんだよね、白緑のア●ル。だいたいさ、男盛りの真っ只中の中年からお金を巻き上げようってんだから色気は必須だよ?』 今度はベリーがシラーと似たようなことを言う。 なんだこいつら。変な文面を送って人格を疑われるのは俺だ
冬の満月をぼけぇっと眺めていると、つい欠伸がでてしまった。すると肩に乗っているシラーが大袈裟に嘆く。 「はぁ、情けない」 こんなのはいつものことだから気にしないわ。 「仕方がないじゃない。昼間にも働いてるんだもの」 「じゃあ、せめて見習いは卒業して生活費を稼げる魔女になって下さい。そしたら昼間は働かなくていいでしょう?」 「……それができれば困ってないわよ」 私たち以外誰もいないのに、私の姿に合わせた口調をしているのに褒めもされない。まったくなんだってこんな……いえ、愚痴は止めよ。辛くなるもの。仕事のことを考えるのよ仕事の……ん? まただ。またデジャヴだわ。 「ねぇシラー、私ね、今日はなんだかデジャヴがすごいのよ」 「はぁ? だから何だっていうんですか?」 「デジャヴって良くないことの前触れっていうじゃない?」 「……で?」 シラーがうっすら目を細めて私を蔑んでいる。きっとこれから何て言うかわかっているのね。 「仕事には行かない方がいいと思う」 案の定だった。 私の発言を聞いたシラーが、ぎゃあぎゃあ喚いて頬っぺたを突いてくる。こいつは木彫りの生き人形だからけっこう痛いのよ。 『白緑が夜食をたんまり奢ってくれるっていうなら、ぼくはそれでもかまわないよ』 羽織っているベリーが加勢してくれる。 けれど奢るなんてことはしないわ。明日には会費のバカ高い同期会があるのだから。 なら仕事に行って稼いでくればいいと言われそうだけど、どうせ依頼主は私が見習い魔女だと軽くみて、ギャラを買い手のつきにくい難ありの現物支給にするはずよ。 よくあることだもの。 魔女協会経由で何度抗議しても止めてくれない。きっと協会も黙認しているのよ。あのクソババアども。いつか痛い目見せてやるんだから。 「バックレなんて絶対に駄目です。これは白緑のために紫様が頼み込んで下さった仕事なんですから。もしバックレなんてしたらどんなお叱りにあうか考えただけでも恐ろしいですよ。立派な使い魔の私が言うんです。自重なさい」 なるほど。だからさっきの母さんの微笑みには迫力があったのね。 「でもなぁ……直感って大事にした方がいいって母さんもよく言ってるし、行かない方がいいと思うのよねぇ」 『神社をはしごしようよ。今日はど
――零時前にこの世界での両親、竜胆紫と勝蔵夫婦にリビングへ呼び出された。 古ぼけた時計が翌日を告げると同時に出されたのは、四十六本の蝋燭が綺麗に並べられた真っ白なケーキ。 それはテーブルの真ん中に置かれ、母がささっとお猪口を三つ配ると、父が辛口の日本酒を並々注いでいった。「お誕生日おめでとう、みどりちゃん」 「まあ、これから世話になるのは儂らの方かもしらんがの」「確かに。父さんはずいぶん老けたよな」「みどりちゃんはあんまり変わらないわよね。ずっと可愛いしカッコいいなんて羨ましい。吸血樹鬼っていいわね」 ……ん? この会話、なんだか前にもしたことあるような気がする。デジャヴか?「あ、ああ……まあいつまでたっても子供っぽいってだけだよ。不便の方が多い」 「変わらんものがあるのも悪くない。ほれ、お前の分だ」 勝手に蝋燭を吹き消し切り分けていた父が手を止め、七号のホールケーキからおよそ二人分を除いた残りをズイッと差し出してくる。「……多くない? ていうかなんで七号サイズなの?」 「あら、だって小さいと蝋燭並べるのが大変でしょ?」 母は何を言ってるんだと言わんばかりに俺を見てから、迷わずケーキを彩る苺にブスッとフォークを刺した。 これもだ。既視感の極み。 ただ、何かを思い出しそうで思い出せないもどかしさは、苺と生クリームのどちらを先に食べようかという難題の前ではどうでもよく、うんうん悩んでいると、風呂場の方から二つの気配が近付いてきた。 リビングのドアが小さな音を立て、冷たい空気が室内に流れ込んでくる。 嫌な予感に顔をしかめつつ振り向くと、そこには執事服を着た二十センチほどの青紫色のペンギンと、二メートル強はあるダークグリーンのローブが立っていた。 出掛けるから早くしろと言わんばかりに、バッチリ防寒してる。 ローブが防寒って変な話だが、そんな感じなんだから仕方がない。「ええ~? 今から? シラーもベリーも急すぎだよ」 急いでケーキを頬張って”今は無理感”を演出してみる。「万年見習いがお情けで頂くありがた~いお仕事なんですよ。時と場所なんて選べるわけありませんよね?」 そう言ってテーブルに飛び乗ったペンギンことシラーが目を細める。 命あるローブのベリーもドアの横でポフポフと音を出して肯定していやがる。「みどりちゃん、行って
穴底に着くより早く土煙が収まった。 というより煙が竜巻みたくなったと思ったら、そのままある一点に集まって小さな石になったんだ。 そして露になったグラスル。うっすら白い防御膜に覆われて鋭い眼光を放っていた。 ただグラスルの後ろにいる司祭たちは、びっくりするくらいおどおどしている。 「どういうつもりかの?」 「どういうつもりもなにも、殺《や》られそうになったお返しだけど」 「ほう、これは不思議なことを。良き関係を築けていたと思うておったのは儂だけか? シスター竜胆よ」 シスターと呼ばれて性別のことを思い出した。咄嗟に大人の私に変身しようとしたが上手くいかない。それを察知したベリーがシスター服に変わってくれる。 ものすごくダボダボしているけど、ピ●チュウよりはましか。 ただ、その一瞬の隙を見逃さなかったグラスルに術を発動されてしまう。 大穴の壁から巨大な手が出てきて俺をがっちりと掴んだ……ん? 大したことないわこれ。 ヤバいと思ったけど魔力たっぷりの今の俺なら、ちょっと力を入れれば砕ける程度の術だ。 「ほぅ、儂の拘束術をこうも易々と……やるのぉ」 「そりゃどうも。で、さっきの返事だけど、私の考える良き関係って、騙し合いはしても殺し合ったりはしないものなのよね」 どうやら声帯だけは私になっているらしく、声は私の声が出せた。 「マルテーノのことは――」 「タラサッキもよ。死ねーーーって叫びながら、殺意たっぷりの霊力波を撃ち込まれたもの」 「なに!?」 グラスルは後ろで震えているタラサッキに目を向けた。しかしタラサッキはぶんぶん首を振って否定する。 「あ~やだやだ。これだから若い聖職者は。付き合ってらんないっての」 あ~、なんかもうすんごい面倒臭くなってきた。 さっさと日本へ帰って三食昼寝とおやつを貪る生活に戻りたい。 「確かバチカンには過去を映し出すテレビがあったよな。あとはそれを見て真実を見極め――ぶぇ!?」 言いながら逃げようとしたところで、目映い光が全てをホワイトアウトさせた。と、同時にアポカリプティックサウンドのような音が響き渡り、気付けば俺はぶっとい蔓で締め上げられていた。 何事かとしぱしぱする目を懸命に凝らすと、グラスルたちも同じような状態になっているのが見
どれくらいの時間だろう、薄暗い大穴の底で俺はこの三十六年が無駄ではなかったと自分に言い聞かせていた。 その甲斐あって、多少もやもやは残っているものの、なんとか落ち着きを取り戻せた気がする。 「寒いな」 ベリーじゃない服は勝手に温かい服にはなってくれない。そんな当たり前のことに気付き、ベリーを羽織ろうと立ち上がった。 「あっ……」 なんてことだ。俺はまだ十歳姿のままじゃないか。 イードの言っていたことが真実なのでは、と再び焦燥感に襲われる。けれど挫けそうになりながらも、なんとかベリーを起こして袖を通した。 『ね、ねぇ白緑、イード様は?』 「帰った」 『本当に!? よ、良かったぁ~!』 ベリーは心底安心した様子で、某有名ゲームのピカピカ鳴くキャラクターのキグルミパジャマになってくれた。温かい。そして恥ずかしい。 「励ましてるつもりか?」 『え、なにが?』 あ、そうか。ベリーは失神してたから知らないのか。単に俺が十歳姿に変身してるだけだと思っているんだろう。 「シラーも起こそう」 不思議がるベリーを無視してシラーをビンタする。それでも気持ち良さそうにスヤスヤしているシラーに少しムカついた。 今度は近くに転がっていた石で殴り付る。するとフガフガ鼻を鳴らしながら目を覚まし、ハッとして、ベリーと同じことを尋ねてきたから、帰ったと伝えると、これまたベリーとまったく同じ反応をしていた。 そして例の話をする―― 『そ、そんなのってないよ。酷すぎるよ』 「……イード様は無属性の魔法も得意でしたよね?」 今度はベリーとシラーでまったく違う反応をした。ベリーは同情して泣き、シラーは思案顔で質問してくる。 とりあえずシラーの質問だが答はイエスだ。 イードは森の化身のくせに無属性、とりわけその二段階上のレア過ぎる最上位属性の魔法を最も得意としている。 「若返りの魔法をかけられたとかでは?」 ありうる。 しかし、それなら記憶も十歳の頃に戻ってないとおかしい。若返りの魔法は外見のみに作用する都合の良い魔法なんかじゃない。 けど、あのぶっとんだイードのことだ。強引に魔法の何かしらを書き換えて、それすら可能に……うう、それはそれで恐ろしいな。あのちゃらんぽらんが、副作用とかそんなのを考慮するはずないんだから。 この世
いや、待て、落ち着け俺。 まずチンコロは違う。別に俺と阿叢で悪巧みしてたわけじゃないんだから正しくは通報……それにしたって俺を放置してそんなことするか普通。 あ、サイレンが止まった。 速すぎる。阿叢が電話を切ってからまだ一分も経ってないのに。「安心しろ。この国一番の正義の味方を呼んだから何の問題もない」 爽やかな笑みを向けてくる阿叢に目眩がした。馬鹿じゃないのか。問題だらけだろ。そもそも俺が助けてくれと言ったか? いいや、言ってない。 しかもかなりデリケートな告白だったはずだ。それを本人の了承もなしに秒で騒ぎにするとは何事か。 まあ全部嘘だからいいものの、もし本当だったら俺
まずなにから話そうか……そうだな、ジャックのその後からにしよう。 盗みを働いたあげく巨人を殺したジャックは、金や銀を吐き出す袋に金の卵を産む鶏、そして魔法のハープでぼろ儲け。一目惚れした男爵の娘と結婚するため、金にものをいわせ、それはもう強引に婿養子となった。 あっという間に子供を二人もうけるも、妻には早々に飽きて、美しい侍女や爽やかで凛々しい騎士見習いを節操なく次々と囲い入れていった。子供たちにはデレデレだったらしいが、育児は妻と母に任せっきり。そうして好き放題のまま約三年ほど暮らしたという。 しかしある時、宝物が忽然と消えてしまった。また、災難は続くもので、空から巨大な木の根が顕れ
目が覚めると憎き親友たちはいなくなっていた。そりゃそうか。一週間も寝てたらしいからな。 幸い”私”を保ったまま意識を失ったので秘密は守られたままだ。良司さんとベリーに聞いても目が覚めるまで”俺”に戻ることはなかったという。 ちなみにシラーは未だ便器とランデブーしてるらしい。それから盗撮の類いの魔法が心配だったので、今ジャックに確認してもらっている。 あいつらはいつだって誰かの弱味を握って危険な仕事をさせようと企んでいる。それも無報酬で。俺も何度危ない橋を渡らされたことか。ていうか橋すら無かっ
さて、すったもんだあったが衣食住の衣と住は確保できた。 衣は元々ベリーが担当していたから新鮮味はないが、住となった良司さんの家はなかなかに居心地が良い。本当、使い魔様様である。 あとは同じく使い魔のシラーが食を担当してくれれば言うことなしなのだが、どうも困ったことにゴキブリ魔王がでしゃばってくる。「我は家事が得意なのだ。すべて任せるがよい」 などど言って、昼食を作ろうとキッチンに立とうとするのだ。 いくら見た目が長い触角を持ったイケメン魔王とはいえ元はゴキブリ。ばっちいの次元を遥かに越えている。例え何かの過ちで許したとしても、あっという間に正気に戻ってキッチン丸ごとP●ファイアー







